5年前の自分を思い出すたび、浮かぶ言葉がある。
「動けなかったのは、サボっていたからじゃない」
当時はそう思いたかった。
でも今は、少し違う答えにたどり着いている。
あの頃は、娘たちの高校・大学進学が重なっていた。
気持ちは前向きでも、金銭的な余裕は正直そこまでなかった。
副業や新しい挑戦を考える余白はあったけれど、
「失敗できない時期」だったのも事実だ。
仕事は安定していた分、刺激も危機感も薄れていた。
専門職としての仕事は、ほぼ作業。
大きな不満はないけれど、心が動くことも少なかった。
今振り返ると、
止まっていたように見えて、実は“守りの時間”だったのかもしれない。
一方で、今の自分はこんなことも思っている。
もっと早く投資を始めておけばよかった。
もっと早く体を動かし始めていればよかった。
もっと早く人生の設計図を描き直していればよかった。
でも同時に、はっきり分かっている。
あの時は、あれ以上踏み込めなかった。
だからこそ、今はこう考えている。
「サボりじゃない。でも、怠けだったと思う」
無責任でも、逃げでも、ダメな自分でもない。
それはただ、
人間として自然な引力に抗わなかった状態だった
仕事が回っている。
収入が安定している。
家族も大きな問題がない。
この3つが揃うと、人は思考を止める方向に引っ張られる。
これは意思の弱さではなく、構造だ。
多くの人は、その状態に“名前”をつけない。
でも今の自分は、そこに名前をつけてしまった。
「生ぬるく、居心地の良い場所」に、
ずっぽり嵌ってしまっていたのだと思う。
あの頃の自分は、怠けていた。
なぜなら、時間があったのに動けなかった理由は、
忙しさじゃない。
生ぬるく、居心地が良かったからだ。
そして、怠けていたことに気づき、
その正体を知ってしまった今、
もう同じ場所にはいられない。
前に進むしかない。
未完成。だから進む。
また明日、進もう

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